皆さん、こんにちは。ちょいのすけです。
さて、突然ですが、あなたの周りで「コロナはもう終わった」「ただの風邪になったよね」という空気が流れていませんか?
2023年5月に新型コロナウイルスが「5類」に移行してから、2年が経ちました(※この記事は2025年の視点で書いています)。街にはマスクをしていない人の姿がすっかり定着し、社会は急速に、そして力強く、「コロナ以前」の日常を取り戻したかのように見えます。
しかし、本当にそうでしょうか?
私たちが「日常」を取り戻していくその裏側で、時が止まってしまったかのように、今この瞬間も、見えない敵と闘い続けている人たちがいます。かつて当たり前だった日常を奪われ、出口のないトンネルの中で、心身ともにすり減らしながら、社会から忘れ去られていく恐怖とも闘っている人たちがいるのです。
その見えない敵の名前は、「新型コロナ後遺症」。
「何となくダルいのが続くんでしょ?」 「咳がちょっと残るくらい?」
もし、あなたがそう思っているとしたら、この記事を読んで、その認識は180度、いや、360度変わって、元の場所には戻れなくなるかもしれません。それほどの衝撃的な事実が、ここには書かれています。
今回ご紹介するのは、共同通信社の記者、秋田紗矢子さんが、自らの身を切り刻むような痛みの中で書き上げた、壮絶なルポルタージュです。これは単なる闘病記ではありません。一人のジャーナリストが、自らの身体と精神の崩壊に直面しながらも、その魂を振り絞って社会に警鐘を鳴らした、魂の記録です。
- (第1回の記事)「軽症で回復したはずだった」コロナ後遺症の深刻な実態 1年以上苦しみ、今なお治らない記者の記録
https://nordot.app/859257660718088192?c=39546741839462401 - (第2回の記事)「自分の体を取り戻せるのはいつ」1年以上続くコロナ後遺症、今なお治らない記者の記録(2)
https://nordot.app/864331530836426752 - (第3回の記事)コロナ後遺症、専門外来に患者が殺到「午前3時までオンライン診療を続けても、数十人は断らざるを得ない」1年以上苦しみ、今なお治らない記者の記録(3)
https://nordot.app/902069180797779968?c=39546741839462401 - (第4回の記事)「コロナに感染した覚えがないのに」ある日突然、後遺症になった人も 1年以上苦しみ、今なお治らない記者の記録(4)
https://www.47news.jp/7908041.html - 第1章:すべては「軽症」から始まった。しかし、それは悪夢の序章に過ぎなかった
- 第2章:「鉛の身体」との闘い。後遺症の牙“PEM”の恐怖
- 第3章:身体を蝕む無数の棘。それは「もぐらたたき」のような終わらない苦しみ
- 第4章:精神が崩壊するということ。「自分が自分でなくなる」恐怖の正体
- 第5章:医療という名の迷宮。「社会のゆがみ」が生む絶望
- 第6章:【科学解説】衝撃の事実。後遺症の正体は「脳の火事」だった!
- 第7章:5類移行2年後の現実。「忘れられた痛み」と闘う人々
- 第8章:暗闇に差し込んだ一筋の光。回復への道筋
- 第9章:これは他人事ではない。私たちにできることは何か?
- おわりに:魂の記録を、未来への道標に
- 参考文献・引用元記事一覧
- 脳の中に「火の手」を上げる
このS1タンパク質が脳の中に侵入すると、脳の免疫細胞である「ミクログリア」が「敵が来たぞ!」と勘違いして、パニック状態になります。そして、過剰に活性化して、「炎症性サイトカイン」という物質を大量に放出します。これが、脳の中で燃え広がる「火事」の正体です。この脳内炎症が、強烈な疲労感やうつ症状、ブレインフォグの直接的な原因となります。 - 脳の「消火機能」を奪う
さらに厄介なことに、S1タンパク質は、脳内の重要な神経伝達物質である「アセチルコリン」の生産を邪魔します。アセチルコリンは、記憶や学習に重要なだけでなく、実はミクログリアの暴走を抑える「消火隊」の役割も担っています。そのアセチルコリンが減ってしまうことで、脳の火事を消す手段がなくなり、炎症はますます燃え盛ってしまうのです。 - 潜伏ウイルスの「再活性化」
コロナ感染のストレスが引き金となって、体内に潜伏していたHHV-6が再活性化。唾液などを介して鼻の奥から脳へと侵入し、そこで再び潜伏感染を確立します。 - 謎のタンパク質「SITH-1」の出現
ここからが本番です。脳に潜伏したHHV-6は、「SITH-1(シスワン)」という、非常に厄介なタンパク質を作り出します。このSITH-1こそが、疲労やうつを引き起こす、もう一人の主犯格、いわば「内部からの刺客」なのです。 - 脳細胞の「自爆スイッチ」を押す
この刺客SITH-1は、脳細胞の中のカルシウム濃度を異常に高めることで、細胞の「自爆スイッチ(アポトーシス)」を押してしまいます。脳細胞が次々と死んでいくことで、脳の機能そのものが低下し、これが強烈な疲労感や気分の落ち込みにつながると考えられています。 - 正しい知識を持つこと
まずは、この記事で書かれているような、後遺症の正しい知識を持つことが第一歩です。「後遺症は気のせいではない」「脳の炎症という客観的な異常である」「無理は禁物である」——この事実を知っているだけで、あなたの周りにいるかもしれない当事者への接し方が全く変わるはずです。 - 当事者の声に耳を傾け、共感すること
もし、あなたの周りに体調不良を訴える人がいたら、「頑張れ」と励ますのではなく、「つらいね」「無理しないで」と、その苦しみに寄り添ってあげてください。「気のせいじゃないよ、大変だよね」と、その人の苦しみを肯定してあげるだけで、救われる心があります。 - 感染対策を続けること
社会が「コロナ明け」ムードになっても、基本的な感染対策の意識を持つことは重要です。それは、あなた自身を後遺症のリスクから守るためであると同時に、あなたの大切な人を、そして社会全体を、この見えない敵から守るためでもあります。後遺症によって仕事を失ったある女性は、ルポの中でこう訴えています。「感染さえしなければ」と思わない日はない。それだけに最近、感染予防に対する人々の意識が下がっているように見え、疑問を感じている。
「感染し、難なく回復したとしても、後遺症には苦しむかもしれない。自分は大丈夫だったとしても、感染させた人が苦しむかも知れないという意識を持ってほしい」と呼びかけている。(第4回の記事より引用)
- 病気への正しい理解
経営者や管理職が、後遺症は「脳の炎症」であり、無理が禁物であるという科学的根拠を正しく理解すること。 - 柔軟な働き方の導入
時短勤務、在宅ワーク、業務内容の一時的な変更など、当事者の体調の波に合わせて働ける、柔軟な制度を整備すること。秋田さんも、会社の理解を得て、完全テレワークで復職を果たしました。会社と相談し、完全テレワークで復帰することになった。前例がないため簡単ではなかったようだが、後遺症に理解を示し、環境を整えてくれて深く感謝した。
(第1回の記事より引用)
- 安心して休める風土の醸成
「病気になったら、ゆっくり休んでいいんだよ」という心理的安全性の高い職場環境を作ること。これが、当事者にとって何よりの支えになります。 - 医療体制の整備
平畑医師や大塚教授のような専門医に負担が集中する「ゆがんだ」構造を是正し、どの地域に住んでいても、後遺症を正しく診断・治療できる医療機関にアクセスできるようにすること。診療報酬の見直しなども含めた、国レベルでの取り組みが急務です。 - 研究開発の促進
後遺症の病態解明と治療薬の開発を、国が全力で後押しすること。科学的なエビデンスを積み重ねることが、偏見をなくし、正しい治療法を確立するための唯一の道です。 - 社会保障制度の見直し
後遺症のように、外見からは分かりにくく、症状に波がある病気でも、必要な支援が受けられるように、障害認定や傷病手当金などの社会保障制度を、より柔軟に見直していく必要があります。大塚教授が指摘する「サポートがないに等しい」現状を、一刻も早く変えなければなりません。 - (第1回の記事)「軽症で回復したはずだった」コロナ後遺症の深刻な実態 1年以上苦しみ、今なお治らない記者の記録
https://nordot.app/859257660718088192?c=39546741839462401 - (第2回の記事)「自分の体を取り戻せるのはいつ」1年以上続くコロナ後遺症、今なお治らない記者の記録(2)
https://nordot.app/864331530836426752 - (第3回の記事)コロナ後遺症、専門外来に患者が殺到「午前3時までオンライン診療を続けても、数十人は断らざるを得ない」1年以上苦しみ、今なお治らない記者の記録(3)
https://nordot.app/902069180797779968?c=39546741839462401 - (第4回の記事)「コロナに感染した覚えがないのに」ある日突然、後遺症になった人も 1年以上苦しみ、今なお治らない記者の記録(4)
https://www.47news.jp/7908041.html - 後遺症の苦しみ 今も コロナ「5類」移行2年(共同通信配信)
2025年5月9日付 愛媛新聞 7面
さらにこの記事では、秋田さんが体験した「疲労」という症状の正体について、最新の科学研究が明らかにしつつある衝撃的なメカニズムも、これでもかというほど詳しく解説します。キーワードは、「脳の火事」と「潜伏ウイルスの再活性化」。
そして、2025年5月の最新の新聞報道をもとに、5類移行後の「忘れられた痛み」の現状にも迫ります。
この記事は、2万字を超える非常に長い文章です。しかし、コロナ禍という未曾有のパンデミックを経験した私たち全員が知るべき、不都合だけれども、あまりにも重要な真実がここにあります。
どうか、少しだけ時間をください。これは、遠い誰かの話ではありません。あなたの隣人、あなたの家族、そして明日のあなた自身の物語かもしれないのですから。
目次
第1章:すべては「軽症」から始まった。しかし、それは悪夢の序章に過ぎなかった
秋田紗矢子さんの悪夢は、2021年1月、東京がいわゆる「第3波」の渦中にあった時に始まります。
多くの人がそうであるように、彼女もまた、いつ感染してもおかしくないという緊張感の中で日々を過ごしていました。
コロナ感染が判明したのは昨年1月。東京ではいわゆる「第3波」と呼ばれ急拡大していた時期だ。自分もいつ感染してもおかしくないと感じ、一切の会食を控え、友人の家に集まる予定もキャンセル。習っていたヨガもオンラインに切り替えていた。
(第1回の記事より引用)
異変は、ある日突然訪れます。マイブームだったりんごジュースの味が、しなくなったのです。
味覚がなくなっていると気付いた瞬間は鮮明に覚えている。当時、JRの駅構内にある自販機だけで売っている割高なりんごジュースがマイブームだった。飲むと芳醇なりんごの香りが鼻に抜ける。
ところが1月15日午後8時ごろ、帰宅途中にりんごジュースを飲んだが、味がしない。ただ冷たい水を飲んでいるようだった。まさかと思い、家にあるありとあらゆるものを口にした。お茶、牛乳、ビール…すべて水を飲んでいるよう。キムチは砂をかんでいるようだった。これが味覚障害かー。感染を確信した。(第1回の記事より引用)
この生々しい描写、すごくないですか? 「キムチは砂をかんでいるようだった」。味覚を失うということが、これほどまでに世界の解像度を奪うことなのかと、冒頭から衝撃を受けました。
そして、クリニックでの抗原検査の結果は「陽性」。
しかし、ここからが多くの人の認識との「ズレ」が生まれるポイントです。彼女の急性期の症状は、熱も咳もない、いわゆる「軽症」でした。
翌16日朝、近くのクリニックを受診。抗原検査で陽性と診断されたが、重症化はしなかった。熱が上がらず、せきもない。当時住んでいた品川区からはすぐにレトルト食品などが届き、保健所も毎朝、体調を確認する電話をくれた。
自宅待機の10日間は軽症のまま過ぎた。ただ、起き上がるのがおっくうになるような倦怠感は残ったため、大事をとって職場復帰は2月からにした。(第1回の記事より引用)
「ああ、軽症でよかったね」「10日間休めば大丈夫」——。
おそらく、彼女自身も、そして周りの誰もがそう思っていたはずです。しかし、この時、彼女の身体の中では、静かに、しかし着実に、後の人生を根底から揺るがす「見えない戦争」が始まっていたのです。
この時点では、まだ誰もその本当の恐ろしさに気づいていませんでした。
第2章:「鉛の身体」との闘い。後遺症の牙“PEM”の恐怖
復帰初日に訪れた「最初の異変」
10日間の自宅待機を終え、いよいよ職場復帰を果たした秋田さん。しかし、その初日に、彼女はこれまで経験したことのない異常な疲労感に襲われます。
復帰初日、明らかな異変があった。電車で30分ほど通勤しただけなのに、激しい疲労感をおぼえ、会社に到着するなりソファに倒れ込んだ。
この疲労感には覚えがある。かつて、登山でテントを担いで北アルプス・涸沢を目指し、5時間以上歩き続けた。それでもたどり着けず、ゴール目前で一歩も歩けなくなって座り込んでしまった。あの感覚に近い。(第1回の記事より引用)
想像してみてください。たった30分の通勤で、5時間以上の登山に匹敵するほどの疲労感に襲われるのです。これは、単なる「疲れ」というレベルではありません。身体のエネルギーシステムそのものが、根本から破壊されてしまったかのような感覚だったのではないでしょうか。
この時、彼女はまだ「コロナで体力が落ちたからか」と考えていました。しかし、この異常な疲労感こそ、後に彼女を延々と苦しめることになる後遺症の、最初の牙だったのです。
一度消えたはずの倦怠感が、牙をむいて襲いかかる
その後、しばらくは断続的に倦怠感が続いていたものの、4月上旬には、ついにその症状がなくなったと感じる日が来ます。
4月上旬になると、断続的に続いていた倦怠感はなくなっていた。「コロナを振り切った」と思った。それまでは体が重くて仕事が手に付かない日も多かったが、ようやく思い通りに体が動くようになり、仕事に一層打ち込んだ。
プライベートでは、以前から始めたいと思っていたゴルフのレッスンを受けた。マンツーマンで指導を受けながら、ゆったりと約1時間スイング。軽い運動で、直後はなんともなかった。(第1回の記事より引用)
「コロナを振り切った」——。この一文に、彼女の喜びと安堵が満ち溢れていますよね。ようやく悪夢から解放された。そう信じて、仕事に、プライベートに、再び情熱を注ぎ始めます。
しかし、そのわずか1週間後。事態は急転直下します。
ところが1週間後、急激に倦怠感が強くなった。体が鉛のように重く、動かせない。とても出社できない日が続いた。あまりのしんどさに、コロナに再び感染したのではないかと疑い、PCR検査を受けた。結果は陰性。
(第1回の記事より引用)
一度は手放したはずの「鉛の身体」が、以前よりもさらに重くなって戻ってきた。この時の絶望感は、いかばかりだったでしょうか。一度希望を見せられた後だからこそ、その絶望はより深く、暗いものになったはずです。
この後、彼女の症状は回復の兆しを見せません。
連休明け。体がつらくて、とても通勤電車には乗れない。重い体を引きずってタクシーで出社し、なんとか宿直勤務に入った。しかし、3時間もたたないうちに体が強く痛み、座ってもいられなくなった。上司に説明して早退させてもらった。
(第1回の記事より引用)
タクシーでしか出社できないほどの体調。そして、勤務開始からわずか3時間でギブアップせざるを得ないほどの激痛。もはや、彼女の身体は、社会生活を営むことを拒絶しているかのようでした。
「ただの疲労」ではない。PEMという絶望的な悪循環
なぜ、こんなことが起きるのでしょうか? 少し動けるようになったと思って活動すると、後からとんでもないしっぺ返しを食らう。この現象こそ、コロナ後遺症や、それに類似する疾患である筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)の、最も残酷な特徴の一つなのです。
それは、PEM(Post-Exertional Malaise:労作後倦怠感)と呼ばれています。
平畑医師によると、ME/CFSの傾向が強くなると、普段なら何ともないような活動をしてから5~48時間後に強い倦怠感が出ることがある。その現象は「PEM」と呼ばれる。記者もこの時期、比較的元気に過ごせる時間と、倦怠感や体の痛みでぐったりしている時間があり、体調には波があった。
不調の波は、動ける時間帯に何か行動をしたことが原因となっているようだ。だからだろう。平畑医師は患者に「だるくなることをしないで」と繰り返し呼び掛けていた。調子の波の振れ幅をなるべく小さくし、PEMを引き起こさないようにすることが症状の改善には肝要らしい。(第1回の記事より引用)
これが、この病気の本当に恐ろしいところです。普通の病気なら、少し無理をしてでも身体を動かして体力をつけよう、と考えますよね? でも、後遺症においては、それが真逆の結果を生んでしまうのです。
良かれと思ってした「少しの頑張り」が、回復を遅らせ、症状を悪化させる引き金になる。このPEMという罠がある限り、患者は常に、活動と悪化の恐怖との間で綱渡りを強いられることになります。
秋田さんも、身をもってこのPEMの恐ろしさを体験します。
記者も気を付けたが、それでも症状が最もひどかった6月は、不調の波が否応なしに押し寄せ、本当に気がめいった。グレープフルーツの皮をむくだけで、ドライヤーで髪を乾かすだけで、不調となった。
(第1回の記事より引用)
この一文を読んだ時、私は絶句しました。グレープフルーツの皮をむく。ドライヤーで髪を乾かす。これらは、私たち健康な人間にとっては、もはや無意識に行っているレベルの日常動作です。それが、身体を「不調」に陥れるほどの負荷になる。
これは、後遺症患者が、私たちとは全く異なる物理法則の世界で生きていることを物語っています。彼らにとっての「安静」とは、私たちが想像する「安静」とは、全く次元が違うのです。
第3章:身体を蝕む無数の棘。それは「もぐらたたき」のような終わらない苦しみ
後遺症の苦しみは、鉛のような倦怠感だけではありません。秋田さんのルポは、全身を襲う多種多様な症状が、まるで「もぐらたたき」のように次から次へと現れては、彼女を苦しめ続けた様を克明に記録しています。
「痛み」という拷問
倦怠感と並んで彼女を苦しめたのが、「痛み」でした。
3時間もたたないうちに体が強く痛み、座ってもいられなくなった。
(第1回の記事より引用)
この痛みは、特定の部位に限定されるものではなく、全身を移動し、常に彼女を苛みました。
中でも特に「不調の大波」に見舞われると、体の中で何か強い炎症が起きているような不快感と体の痛みで、発狂しそうになった。
(第1回の記事より引用)
数日後、激しい体の痛みと息ができないような体の不快感に再び襲われた。
(第1回の記事より引用)
「発狂しそうになった」「息ができないような不快感」という表現から、その痛みが尋常ではなかったことが伝わってきます。見えない棘が、身体の内側から絶えず突き上げてくるような、逃げ場のない拷問。それが、彼女の日常でした。
「不眠」と「悪夢」
身体がこれほどの苦痛に苛まれている時、安らかな眠りが訪れるはずもありません。
体の痛みが特に強かった6~7月に悩まされたのは、不眠だ。寝付きが悪い上、悪夢でうなされる日々が続く。銃撃戦に巻き込まれる夢。実在する取材先から激しく責められる夢。これが連日続き、ぐったり。体調悪化に追い打ちを掛けた。
(第1回の記事より引用)
想像するだけで胸が苦しくなります。日中は痛みと倦怠感に苦しみ、夜は悪夢にうなされる。心と身体が休まる瞬間が、一秒たりともない。この状態が何ヶ月も続くのです。人の精神が壊れない方が不思議だと思いませんか?
次々と現れる新たな不調
さらに、後遺症の厄介な点は、まるでこちらの消耗をあざ笑うかのように、新たな症状が次々と現れることです。
胃腸の不調も深刻だった。胃がずっともたれている感覚で、食欲が大幅に減退。約2カ月間続き、目に見えてやせた。ほとんど経験したことがなかった便秘も続いた。左脚を中心にしびれが続いた時期もある。
ひょっとしてこれらはコロナ後遺症とは別の疾患ではないかと思い、インターネットで何度も検索したが、はっきりしない。一つ一つの不調はそれほど深刻ではなかったが、対処のしようがなく途方に暮れた。(第1回の記事より引用)
胃もたれ、便秘、足のしびれ…。一つひとつは「よくある症状」かもしれません。しかし、それらが同時に、そして延々と続くのです。そして、何よりもつらいのは、これらの症状が「コロナ後遺症」という一つの病気から来ているのかどうかが、はっきりしないことでした。
胃腸の不調、体のしびれ…。不調がひとつ治まったと思うと、別の不調が起きる。もぐらたたきをやっているようなもどかしさを感じた。
(第1回の記事より引用)
この「もぐらたたき状態」という表現、秀逸ですよね。まさに、出口のない迷路で、次々と現れる敵と戦い続けているような感覚。ゴールの見えない消耗戦に、彼女の心身は確実にすり減っていきました。
第4章:精神が崩壊するということ。「自分が自分でなくなる」恐怖の正体
これほどまでに身体的な苦痛が続けば、精神が蝕まれていくのは必然です。秋田さんのルポが真に迫るのは、彼女が自らの精神的な崩壊の危機を、ジャーナリストとしての冷静な視点を失わずに、しかし痛々しいまでに正直に描き出している点です。
「死んでしまった方が楽かもしれない」
私がこのルポを読んで、最も胸をえぐられた一節があります。それは、身体の痛みがピークに達した時の、彼女の心の叫びです。
中でも特に「不調の大波」に見舞われると、体の中で何か強い炎症が起きているような不快感と体の痛みで、発狂しそうになった。親にはとてもそんな姿を見せられず、部屋でひとり、床をのたうちまわった。手元にあった家電のコードが目に入った。死んでしまった方が楽かも知れない。そんな感覚は初めて。この苦痛から本当に逃げ出したいと思った。
(第1回の記事より引用)
この一文を、皆さんはどう読まれましたか?
これは、決して感傷的な「死にたい」ではありません。逃げ場のない、終わりも見えない拷問のような苦痛から、物理的に「逃げ出す」ための、最も合理的で、唯一の選択肢として「死」が浮かび上がってくる。そういう、極限状態の思考なのだと私は感じました。
健康な私たちが想像する「つらさ」や「悲しみ」とは、全く次元の違う、生存本能そのものが発する悲鳴。それが、この短い文章に凝縮されています。
ジャーナリストの生命線を脅かす「ブレインフォグ」
身体的な苦痛に加え、彼女のアイデンティティを根幹から揺るがす、さらに残酷な症状が襲いかかります。それは、思考力や記憶力の低下、いわゆる「ブレインフォグ(脳の霧)」です。
脳の血流を調べるSPECT検査を受けた後、彼女はその残酷な現実を突きつけられます。
衝撃を受けた。記者という仕事は言葉と記憶が重要。その分野の機能低下は致命的だ。以前より自覚症状は改善したと思っていただけに、予想より悪い状態と知り絶句した。
(第2回の記事より引用)
想像してみてください。もし、あなたが自分の仕事の根幹をなす能力——それがプログラマーなら論理的思考力、デザイナーなら美的感覚、そして記者なら言葉と記憶——を、病によって奪われたと知ったなら。
それは、単なる体調不良ではありません。「社会的な死」の宣告にも等しい、深い絶望感をもたらしたはずです。これまで積み上げてきたキャリアも、情熱を注いできた仕事も、すべてがここで終わってしまうのではないか。そんな恐怖が、彼女の心を支配したことでしょう。
「情けなさ」と「自己嫌悪」の渦
病気そのものがもたらす苦しみに加え、社会生活を送れなくなることで生じる二次的な苦しみも、彼女を追い詰めます。
30歳を過ぎ、一人の自立した社会人として生きてきた彼女が、再び親の世話にならざるを得なくなった時の無力感。
倦怠感もひどく、もう何もできない。一人の生活に限界を感じ、実家の世話になることにした。30歳を過ぎて実家に戻り、家事の一切を親に任せなければならない自分が情けなかった。
(第1回の記事より引用)
この「情けなかった」という一言に、どれほどの葛藤と屈辱が込められていることか。病気は誰のせいでもない。そう頭では分かっていても、何もできない自分を責めてしまう。その自己嫌悪のループは、病状の悪化とともに、ますます彼女の心を蝕んでいきます。
感染前は、激務になっても自分が壊れないぎりぎりのラインを探り、調整して乗り越えられた。自己管理能力には自信があった。自己嫌悪、焦り、いらだちが募る。この時ばかりは、気遣って連絡をくれた周囲や取材先すら煩わしく思えた。今振り返ると思い詰め過ぎていたと感じるが、当時は体調悪化も相まって、最も精神的に追い込まれていた。
(第1回の記事より引用)
自信があったからこそ、できなくなった時の落差は激しい。周囲の優しさすら、自分の不甲斐なさを際立たせるようで、素直に受け取れなくなる。この精神状態の描写は、あまりにもリアルで、胸に迫ります。
第5章:医療という名の迷宮。「社会のゆがみ」が生む絶望
秋田さんのルポは、ここから個人の闘病記を超え、日本の医療システムが抱える根深い問題、そして社会全体の無理解という、より大きな敵の姿を浮き彫りにしていきます。
「後遺症は診られない」医療現場の不都合な真実
これほどの症状に苦しんでいるのだから、病院に行けば何とかなるだろう。普通はそう考えますよね? しかし、現実は非情でした。秋田さんのように、後遺症に苦しむ多くの患者が、適切な医療にたどり着けずに「医療難民」と化しているのです。
その原因は、後遺症を正しく診断し、治療できる医療機関が、圧倒的に不足しているからです。
彼女が最終的にたどり着いた、後遺症治療の第一人者である平畑光一医師のクリニックには、全国から患者が殺到します。なぜ、一つのクリニックにこれほどまでに患者が集中するのでしょうか。平畑医師は、その現状をこう語ります。
後遺症外来を開設する医療機関も以前よりは増えたはずなのに、なぜ平畑医師の下に患者が集中しているのだろうか。現状や、どのような対応が必要なのか聞いた。
(中略)
一部の病院に患者が集中する一方で、地元の病院で「後遺症は診られない」と診察を断られて来る人もいまだに後を絶たない。(第3回の記事より引用)
信じられますか? 症状に苦しむ患者が勇気を出して病院に行っても、「うちは診られません」と門前払いを食らってしまうのです。
さらに深刻なのは、医療従事者の中にさえ存在する、後遺症に対する無理解と偏見です。
検査で陽性になっていない、というのはヒントが一つ足りないだけの話で、症状から後遺症が疑われるのであれば、それを念頭に置いた治療がされるべきだ。検査で陽性でないからコロナではないとか、後遺症にはならないという医者が未だにいるようだが、非科学的な態度だと思う。
(第3回の記事より引用)
平畑医師のこの言葉は、非常に重い。患者にとって、医師の言葉は絶対です。その医師から「コロナではない」「気のせいだ」と言われてしまえば、患者は自分の苦しみの原因を見失い、暗闇の中を一人で彷徨うしかなくなります。
この状況を、平畑医師は「完全に社会がゆがんでいる」と断じます。本来、科学的知見に基づき、患者を導くべき医療が、その役割を果たしていない。これこそが、後遺症患者を絶望に追いやる、最大の構造的問題なのです。
深夜3時まで続く診察と、救えなかった命
一部の良心的な医師に、患者が殺到した結果、何が起きるか。平畑医師のクリニックの日常が、その過酷な現実を物語っています。
平畑医師のツイッターには、連日未明までオンライン診療をしている様子がつづられている。
(中略)
感染力の強いオミクロン株の影響で、オンライン診療を午前3時ごろまで続けても、数十人を断らざるをえない状況が続いている。(第3回の記事より引用)
深夜3時まで診察しても、なお断らざるを得ない患者がいる。これは、もはや医療崩壊と言っても過言ではない状況です。
そして、このルポの中で、最も衝撃的で、痛ましい一節が続きます。
過去には、診療しきれなかった患者が亡くなっていたと警察から連絡を受けたことがあった。複数の患者の自死を経験した。
(第3回の記事より引用)
言葉を失いました。適切な医療につながりさえすれば、救えたかもしれない命が、静かに、しかし確実に失われているのです。これは、遠い国の話ではありません。2022年の日本で、現実に起きていたことです。
身体の苦しみと、誰にも理解されない孤独の中で、彼らはどれほど絶望し、追い詰められていったのでしょうか。その無念を思うと、胸が張り裂けそうです。
なぜ、こんな悲劇が起きるのか?
秋田さんは、自らの体験を通して、この構造的問題に切り込みます。
記者の私も、ヒラハタクリニックや国立精神・神経医療研究センター病院で診療を受けながら、後遺症外来に患者が集中する現状を肌で感じてきた。治療自体は、症状を聞いてもらって効く可能性のある薬を試すというありふれたものだ。それがなぜ多くの病院でかなえられないのか。「社会がゆがんでいる」という平畑医師の言葉が重く響いた。
(第3回の記事より引用)
彼女のこの問い、「なぜ多くの病院でかなえられないのか?」。
これこそ、私たち社会が真正面から向き合わなければならない、最も重要な問いです。その答えは、単に医療リソースの不足だけではありません。後遺症という新しい病に対する、社会全体の知識不足、無関心、そして偏見にあるのではないでしょうか。
第6章:【科学解説】衝撃の事実。後遺症の正体は「脳の火事」だった!
さて、ここからは少し視点を変えて、秋田さんが身をもって体験した、この壮絶な「疲労」の正体について、科学の力で迫っていきたいと思います。
近藤一博氏の著書『疲労とはなにか』などの最新の研究は、コロナ後遺症の疲労が、単なる「気のせい」や「精神的なもの」では断じてなく、脳の中で実際に起きている物理的な異常、いわば「脳の火事」であることを突き止めつつあります。
この章を読むことで、秋田さんの苦しみが、いかに客観的で、科学的な根拠に基づいていたかが、はっきりと理解できるはずです。
「病的な疲労」とは何か?
まず大前提として、私たちが日常的に感じる「疲れた~」という感覚と、後遺症における疲労は、全くの別物です。後者は「病的な疲労」と呼ばれ、ウイルス感染によって引き起こされる、身体システムの異常反応なのです。
その原因は、大きく分けて2つのメカニズムが複合的に絡み合っていると考えられています。
メカニズム①:スパイクタンパクS1が引き起こす「脳の直接攻撃」
一つ目のメカニズムは、新型コロナウイルスの表面にある「トゲトゲ」、つまりスパイクタンパク質による、脳への直接的な攻撃です。
もう少し詳しく言うと、スパイクタンパク質の中の「S1」と呼ばれる部分が、極悪非道な働きをします。
どうでしょう? 秋田さんが感じていた「鉛のような身体」や「頭に霧がかかったような感覚」は、彼女の脳内で実際に起きていた「火事」の悲鳴だったのです。決して、彼女の気持ちの問題ではなかったことが、これではっきりと分かりますよね。
メカニズム②:潜伏ウイルスHHV-6と「SITH-1」という名の刺客
そして、もう一つのメカニズムは、さらに巧妙で、ミステリー小説のようです。
実は、私たちの身体の中には、多くの人が子供の頃に水ぼうそうなどで感染した「ヘルペスウイルス(HHV-6など)」が、普段は大人しく眠った状態で潜伏しています。
ところが、新型コロナに感染するという、身体にとっての一大事が起きると、この眠れる獅子が目を覚ましてしまうのです。
唾液中のHHV-6の量を測定することで、その人の疲労度を客観的に数値化できる、という研究も進んでいます。これは、「疲れは気のせい」という、根性論や精神論を、科学の力で完全に打ち砕く、画期的な発見だと言えるでしょう。
秋田さんの苦しみに、科学的な名前がついた日
「脳の火事」と「内部からの刺客」。
これらの科学的な説明を読んで、秋田さんのルポの言葉の一つひとつが、全く違う意味を帯びて響いてきませんか?
体が鉛のように重く、動かせない。
(第1回の記事より引用)
→ それは、脳内で起きていた「炎症」の重さだった。
頭はのぼせるような感覚。
(第1回の記事より引用)
→ それは、文字通り、脳が「炎上」していた感覚だった。
不調がひとつ治まったと思うと、別の不調が起きる。もぐらたたきをやっているようなもどかしさを感じた。
(第1回の記事より引用)
→ それは、スパイクタンパクによる直接攻撃と、潜伏ウイルスの再活性化という、異なるメカニズムが、時間差で、あるいは同時に襲いかかってきていたからかもしれない。
彼女の苦しみは、主観的な感覚ではなく、客観的な身体の異常反応でした。その一つひとつに、科学的な名前がつき始めている。この事実は、今なお苦しむ多くの患者にとって、自分の苦しみが正当なものであると認められたような、ある種の救いになるのではないでしょうか。
第7章:5類移行2年後の現実。「忘れられた痛み」と闘う人々
さて、秋田さんのルポから少し時を進め、2025年、つまり「今」に目を向けてみましょう。コロナが5類に移行して2年。世間の関心が薄れる中で、後遺症患者たちはどのような状況に置かれているのでしょうか。2025年5月9日の愛媛新聞に掲載された共同通信の記事が、その厳しい現実を伝えています。
今も続く新規患者の波 ― 岡山大学病院の現場から
まず衝撃的なのは、5類移行後も、後遺症に苦しむ人々が決して減っていないという事実です。これは東京の平畑クリニックだけの話ではありません。地方の大学病院でも、同じ状況が続いています。
岡山大病院(岡山市)の「コロナ・アフターケア外来」には現在も新規患者が週5~10人ほど訪れる。
(2025年5月9日付 愛媛新聞より引用)
週に5〜10人。一つの大学病院だけで、これだけの新規患者が今もなお訪れているのです。この外来を率いる大塚文男教授は、後遺症の原因について、最新の知見をこう語ります。
感染をきっかけに免疫機能や炎症に対応する防御反応に異常が起きることが原因と考えられる
(2025年5月9日付 愛媛新聞より引用)
「免疫機能の異常」「炎症」。どうでしょう、前の章で解説した科学的メカニズムと、見事に一致しますよね。臨床の現場の専門家も、後遺症の本質が「免疫と炎症の暴走」にあると見ているのです。
大塚教授らが行った1125人もの大規模な調査では、その症状の過酷な実態が数字として示されています。
1125人が受診。6割が頭痛、6割が倦怠感、2割が睡眠障害で倦怠感を訴えた。
(2025年5月9日付 愛媛新聞より引用)
6割が頭痛、6割が倦怠感。これはもはや、一部の特殊な人の症状ではないことを、明確に示しています。
「ほぼ寝たきり」の現実 ― 当事者の声
では、当事者は具体的にどのような生活を送っているのでしょうか。「全国コロナ後遺症患者と家族の会」の代表、伊藤みかさんのケースが、その深刻さを物語っています。
(伊藤さんは)2022年に医療ソーシャルワーカーとして働いていた病院で感染し、今も体調不良が続く。当初は、ほぼ寝たきり状態で、そのころよりは回復したが、長距離を歩くのは困難で記憶障害も。
(2025年5月9日付 愛媛新聞より引用)
「ほぼ寝たきり」。この一言の重み。医療の専門家として、人を支える側だった人でさえ、ひとたび後遺症にかかれば、日常生活すらままならなくなるのです。秋田さんのルポで描かれた苦しみが、今この瞬間も、日本のどこかで続いている、動かぬ証拠です。
「サポートがないに等しい」社会
5類移行から2年。状況は改善するどころか、世間の無関心という新たな壁が生まれています。治療法もいまだ確立していません。大塚教授は、この絶望的な状況をこう表現します。
治療法が確立しておらず対症療法が中心で、薬の処方などで約7割が受診から半年ほどで改善した。ただ「コロナ後遺症は誰もがなり得るものなのに特化したサポートがないに等しい」と指摘。
(2025年5月9日付 愛媛新聞より引用)
「サポートがないに等しい」。
これこそが、5類移行後の後遺症患者が直面する、最も厳しい現実ではないでしょうか。病気の苦しみに加え、社会から見捨てられたかのような孤独感。彼らは、二重の苦しみを抱えているのです。
第8章:暗闇に差し込んだ一筋の光。回復への道筋
最新の厳しい現実を知った上で、私たちは再び、希望の光に目を向ける必要があります。絶望だけでは、前に進めませんから。
激痛治療「EAT」という希望
出口の見えないトンネルを彷徨っていた秋田さんにとって、一つの大きな転機となったのが、EAT(Epipharyngeal Abrasive Therapy:上咽頭擦過療法)という治療法との出会いでした。
この治療は、凄まじい痛みを伴います。
記者も治療を受けるべく近くの耳鼻科に通った。上咽頭には重度の炎症が起きており、最初はすさまじい激痛でパニックを起こしそうになった。例えるなら後頭部を鈍器で殴られるよう。あまりの痛みに、病院を出た後に何度か一人で泣いた。
(第1回の記事より引用)
「後頭部を鈍器で殴られるよう」な痛み。想像を絶します。しかし、彼女はその激痛に耐え続けます。なぜなら、その先にかすかな光が見えたからです。
ただ、処置後は頭が晴れ渡るようにすっきり。なぜか気持ちも一気に前向きで穏やかになった。
そうなって初めて、これまでいかに不調だったかを認識できた。何より改善の手がかりを得たのがうれしく、我慢して70回以上、治療に通った。(第1回の記事より引用)
この治療がなぜ効果があるのか。上咽頭は脳に非常に近く、ここの慢性的な炎症が、脳の炎症(脳の火事)に直接的な影響を与えているのではないか、と考えられています。上咽頭の火事を鎮めることで、脳の火事も少しずつ鎮火に向かう。その可能性に、彼女は賭けたのです。
70回以上、泣きながら通った治療。その執念が、彼女を少しずつ回復へと導いていきました。
回復への最大の鍵。「だるくなることをしないで」
そして、もう一つの、そして後遺症と闘うすべての人にとって最も重要な希望の光。それは、平畑医師が繰り返し、繰り返し、患者に伝え続けた、この一言に集約されています。
「だるくなることをしないで」
(第1回の記事より引用)
この言葉の真意は、先ほどの科学解説を読んだ皆さんなら、もうお分かりですよね?
「だるくなることをする」というのは、すなわち「PEM(労作後倦怠感)を引き起こす」ということであり、科学的に言えば「脳の火事を再燃させる」ことに他なりません。
普通の病気のように「体力をつけるために頑張る」というアプローチは、後遺症においては逆効果。火に油を注ぐ行為なのです。平畑医師は第3回の記事で、より具体的にこうアドバイスしています。
難しいことかもしれないが、とにかく感染後約2カ月は運動を避け、無理をしない生活を心がけてほしい。その期間は体調不良にどう対処していいのかということを勉強する期間にもなると思う。
(第3回の記事より引用)
「自分の身体の限界値を知り、決してそれを超えないこと」
「安静を徹底し、脳の火事が鎮まるのを待つこと」
これが、後遺症からの回復への、最も重要で、最も確実な道筋なのです。しかし、この正しい知識がなければ、多くの人は良かれと思って無理をし、回復の機会を自ら手放してしまいます。
秋田さんも、この知識を得ることで、自分の闘い方を変えていきました。
今度こそ復職に向けて動き出す。平畑医師の診察を受け、仕事復帰に失敗した経緯を話すと「1時間ごとに横になるとか、休みながらやれば防げたのではないか」とアドバイスを受けた。
それぐらい慎重にやるべきなのか。目からうろこだった。(第1回の記事より引用)
正しい知識こそが、暗闇を照らす最強の武器になる。この事実は、後遺症に苦しむすべての人にとって、大きな希望と言えるでしょう。
第9章:これは他人事ではない。私たちにできることは何か?
さて、ここまで秋田さんの壮絶な記録と、その背景にある科学的な真実、そして5類移行後の厳しい現実を見てきました。
これを読んだ私たちは、もはや「大変だね」と対岸の火事として眺めていることは許されません。これは、コロナ禍を経験した私たち社会全体の「宿題」です。
では、具体的に、私たちに何ができるのでしょうか?
個人としてできること
企業・組織としてやるべきこと
後遺症患者の多くは、働く世代です。彼らが治療に専念し、社会復帰を果たすためには、企業や組織の理解と支援が不可欠です。
ルポの中には、後遺症によって、大好きだった仕事を失った女性の話も出てきます。
東京都内に住む女性(29)は、大好きだったデパートの美容部員の仕事を後遺症で失った。体調が回復しても職場復帰や配置転換が認められず、いきなり「希望退職」を突きつけられたという。「後遺症の深刻さについて、勤務先にもう少し理解があれば違う結果になったのでは」とやりきれない気持ちを打ち明けてくれた。
(第4回の記事より引用)
このような悲劇を繰り返さないために、企業は何をすべきでしょうか。
社会全体で取り組むべきこと
そして、より大きな視点では、社会システムそのものを変えていく必要があります。
おわりに:魂の記録を、未来への道標に
2万字を超える長い旅に、ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
秋田紗矢子さんのルポルタージュは、一人の人間の壮絶な闘いの記録であり、コロナ後遺症という病の医学的な解説であり、日本の医療と社会の歪みを鋭くえぐる告発状でもあります。
彼女は、記者としての揺るぎない矜持と、痛みを知る当事者としての深い共感をもって、この複雑で深刻な問題を、私たち凡人にも理解できる形で描き出してくれました。自らの身に起きた、あまりにも理不尽な苦しみを、ただ嘆くのではなく、社会を少しでも前に進めるための貴重な「材料」として、差し出してくれたのです。
その勇気と覚悟に、私は心からの敬意を表します。
ルポの最後は、こんな言葉で締めくくられています。
幸い、そうはなっていない。それでも「このまま仕事を続けても大丈夫か」と自問自答を繰り返す綱渡りの日々は続いている。
(第1回の記事より引用)
彼女の闘いは、まだ終わっていません。そして、日本中に、世界中に、今この瞬間も、終わらない闘いを一人で続けている人々が、数えきれないほどいます。5類に移行し、世間から忘れ去られようとしている今、彼らの孤独はさらに深まっているかもしれません。
この記事を読んだ私たちは、もう彼ら、彼女らを一人にさせてはいけません。
あなたの知識が、あなたの言葉が、あなたの行動が、暗闇の中で震えている誰かの、小さな、しかし確かな光になるかもしれません。
秋田紗矢子さんの魂の記録を、単なる「記事」として消費するのではなく、私たちの未来を照らす「道標」として、心に刻んでいこうではありませんか。
この長い文章が、その一助となることを、心から願っています。
参考文献・引用元記事一覧
この記事を作成するにあたり、以下の記事を深く読み込み、引用させていただきました。この場を借りて、魂のルポルタージュを執筆された共同通信社の秋田紗矢子記者に心からの敬意と感謝を申し上げます。
また、後遺症の科学的メカニズムの解説にあたっては、以下の書籍を参考にさせていただきました。
