私の義父は、難病を抱えながら旅を続けている人です。
普段は電動車椅子を使用していますが、車の運転も自分でしますし、旅先では少しだけ自分の足でも歩くことがあります。
この話をすると、「え? 車椅子なのに歩けるの? 運転もできるの?」と驚かれることが多いです。
義父の病気は、完全に身体が動かないわけではありません。疲れやすく、無理がきかないという特徴があるため、車椅子はそのためのサポートとして使っているのです。
そんな義父は、旅が大好きです。
体調と相談しながら、静かに、しかし着実に「行きたい場所」に向かっていきます。
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🏯 歴史へのまなざしと、静かな語り口
義父はまた、歴史にもとても詳しい人です。
いわゆる「歴史オタク」といった感じではなく、教養としての歴史を静かに深くたたえている、そんな印象を受けます。
ある日、島原の乱についての話をしてくれたことがありました。
島原藩主だった松倉勝家は、過酷な統治で知られていますが、義父が語ったのはその父・松倉重政についてでした。
「勝家はひどいやつだったけど、その親父の重政は違った。
城を整備したり、治水に力を入れたりして、民を思うような名君だったらしいよ」
私はそのとき、「へえ、そんな人物がいたんだ」と軽く流してしまいました。
けれどこの話は、後日思いもよらないかたちでよみがえることになります。
🚙「え、奈良まで行ったのですか?」
ある日、義父がふとした会話の中でこう言いました。
「こないだ、奈良まで車で行ってきたよ。松倉重政の墓、見てきたんだ」
えっ? 奈良? 車で? 一人で?
なんと義父は、東京の自宅から奈良県まで、ひとりで車を運転して行ってきたというのです。
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電動車椅子を車に積み込み、
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何度も休憩を挟みながら体調に気をつけて、
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現地ではお墓の前だけは自分の足で歩いて向かったそうです。
そして、静かに手を合わせてきたとのことでした。
「本当に行けて嬉しかった。あそこは、ずっと行きたかった場所だったんだ」
それまで義父は、一度もその場所へ行きたいと口にしたことはありませんでした。
それだけに、この言葉は私の心にとても強く残りました。
📚 私も「街道をゆく」を片手に島原を旅しました
ふと思い出したのですが、私自身もかつて島原を旅したことがあります。
きっかけは、司馬遼太郎さんの『街道をゆく』シリーズの「島原・天草の諸道」でした。
本の中で語られる土地に実際に足を運び、城跡や石垣を見て歩いたとき、
文章で読んだ風景が、現実の景色と重なって見えたことを今でも覚えています。
義父の語ってくれた奈良の旅の話を聞いて、あのときの感覚がふっとよみがえったような気がしました。
🧭 義父の旅は、行動よりも「想い」が先にあります
義父の旅のスタイルは、派手ではありませんが、そのひとつひとつに強い想いが込められています。
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誰にも言わずに準備を進めて
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自分の力で、無理なく
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念願の場所に静かに手を合わせる
「病気でも旅ができる」という言葉はよく聞きますが、
義父の場合はそれ以上に、「旅がしたい」という気持ちが行動の原動力になっているのだと感じました。
📝 おわりに──静かな足跡が心に残りました
義父の話を聞いたあと、私はしばらくGoogleマップで奈良の墓所のあたりを眺めていました。
どんな景色だったのか。どんな空気だったのか。
義父が立っていた場所を、少しでも感じてみたかったのです。
次に私がその場所を訪れることがあれば、
きっと、義父の静かな足跡をたどるような気持ちになるのだろうと思います。
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